近年では、アスベストが土壌に含まれていたとして問題になることが複数出てきています。米国では既に規制していますが、現状では日本では土壌汚染対策法ではアスベストは対象外となっており、規制されていません。ところが、土地の取り引きなどでアスベストやアスベスト建材、アスベスト廃棄物が土壌に含まれていた場合、土地の瑕疵などとしてすでに訴訟がいくつも起こっているのが現状です。

土壌汚染対策法

土壌汚染対策法は、「土壌汚染の状況の把握に関する措置及びその汚染による人の健康被害の防止に関する措置を定めること等により、土壌汚染対策の実施を図り、もって国民の健康を保護する(土壌汚染対策法第1条)」としており、土壌汚染の状況の把握およびその汚染による人の健康被害の防止に関する措置を定めること等を目的としたものであり、平成152月に施行されました。同法による規制の対象となる有害物質である「特定有害物質」は、「それが土壌に含まれることに起因して人の健康に係る被害を生ずるおそれがあるもの」ですが(土壌汚染対策法21項)、同法施行令1条が定める特定有害物質には、石綿(アスベスト)は含まれていません。この点に関し、土壌汚染対策法が「特定有害物質」として石綿を規定していない以上、同法が石綿を含有する土壌あるいは建設発生土に適用されることはないと判示した裁判例があります(東京地判平成24927日判例時報217050頁)。

アスベスト土壌汚染訴訟について

1.廃棄物処理法で規制されるアスベスト含有廃棄物と瑕疵担保責任

廃棄物処理法においてアスベスト含有廃棄物の規制基準が規定された後に土地売買契約がされたところ、同土地内からアスベスト含有物が発見されたケース

56億円もの損害賠償請求が認められた裁判例があります。この場合では、当該含有物が石綿含有産業廃棄物にあたり、廃棄物処理法令にのっとった厳格な処理が求められ多額の費用を必要とすることから対象地の交換価値が損なわれていると判断して、売主の瑕疵担保責任が肯定されています。

参考裁判例(東京地裁平成28年4月28日判決
被告から物流ターミナルの建設を目的として平成1912月に土地を買い受けた原告が、土地から発見されたスレート片が石綿を含有していたと主張して、スレート片の撤去および処分費用並びに建設工事が遅れたことに伴う追加費用等の支払を求めた事案。裁判所は、スレート片が重量比0.1%を超える石綿を含有していたものと推認されるので、産業廃棄物処理法令にいう「石綿含有産業廃棄物」に該当するとした上で、被告は除去義務を負うべきところ拒否したのであるから債務不履行に基づく損害賠償義務を負うほか、土地には「隠れたる瑕疵」があるとして損害賠償義務を負うべきであるとして、請求を一部認容した(5618124016円)。

売買契約後に規制対象となった有害物質・廃棄物による土壌汚染と売主の責任について

規制対象物質・廃棄物や環境基準値は変遷することがあります。そのため、売買契約締結時点で規制されていない有害物質・廃棄物が契約締結後に規制対象となることがあります。その場合、規制が厳格化されたことで土壌汚染対策が必要な状況になることで、買主は予想していなかった多額の処理費用の負担を余儀なくされることになり困ることになります。この場合、買主は売主に対し、売買契約締結後に規制対象となった有害物質について「瑕疵」にあたることを理由に除去費用等の支払を求めることができるでしょうか。

1.瑕疵担保責任における「瑕疵」の判断基準時

ここでは、いつの時点を基準に「瑕疵」の有無を判断するのかということが問題となります。この点については、「瑕疵」の有無は契約締結時を基準に判断するべきであるとする最高裁判例があります。この判例によると、売買契約時に法令で規制対象となっていなかった土壌汚染について、規制対象か否かにかかわらず人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことがその土地において特に予定されていたような場合でない限り、後に規制の対象となった場合には瑕疵担保責任は認められないことになります。したがって、売主に対する汚染除去費用等の請求は原則として認められません。もっとも、そのような場合でも瑕疵にあたることが「特に予定」されていれば例外として損害賠償請求が認められるため、買主としては、「特に予定」されていたことを示すための契約条項等を設けることで紛争予防を図ることができると考えられます。

参考裁判例(最高裁平成22年6月1日判決・民集64巻4号953頁)
売買契約時には法令で規制対象となっていなかった特定有害物質(フッ素)が、契約後に土壌中から発見されたところ、最高裁は、瑕疵の有無は売買契約締結当時の「取引観念」をしんしゃくして判断すべきであると判示した上で、売買契約締結当時には、有害性の認識にかかわらず人の健康に係る被害を生ずるおそれのある一切の物質が含まれていないことがその土地において特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれないとして、「瑕疵」に当たらないと判断した事案。

2.法令で規制される以前のアスベスト汚染土壌・廃棄物についての売主の責任

上記最高裁判例が出された後の裁判例においても、土壌中から発見されたアスベスト含有物(売買契約時には、石綿含有一般廃棄物の規制基準が存在していなかった)について、同様に、契約締結時を基準に瑕疵の有無が判断されています。この裁判例では、以下のように、本件売買契約後の廃棄物処理法改正により、現在では石綿含有一般廃棄物に該当する可能性はあるとしながらも、本件売買契約当時(売買契約締結日は平成16812日)には、石綿含有廃棄物についての規定はなかったと判示して、売主の瑕疵担保責任を否定しました。ただし、処理を行う時点において、不要物、すなわち廃棄物と判断されるものであれば、当該廃棄物が規制対象となる前に本件土地に混入したものであったとしても、土地所有者は廃棄物処理法の適用を免れるものではないとされています。

参考裁判例(東京地裁平成24年9月27日判決・判時2170号50頁)
土地の買主が、破産者から購入した土地にアスベストが含まれていたとして、その破産管財人に対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償として、含まれていたアスベストを除去するために支出を要した処理費用相当額の債権の確定を求めた事案。裁判所は、「本件売買契約後の改正により、現在では、廃石綿等に該当しないものであっても、本件土地からの建設発生土における石綿の含有量によっては、石綿含有一般廃棄物(略)あるいは石綿含有産業廃棄物(略)に該当する可能性はある。しかし、本件売買契約当時には、石綿含有廃棄物についての規定はなかったから、その存在を前提とする「石綿含有廃棄物等処理マニュアル」(略)を前提として、瑕疵の有無を判断することはできない。」と判断した。

3.アスベスト含有土壌・廃棄物の処理に予期していなかった費用がかかる場合の土地売主の責任

一般的に、アスベスト含有土壌・廃棄物が法令上の規制対象となっている場合には、買主は売主に対して瑕疵担保責任を追及しやすいと言えます。しかし、法令上の規制対象となっていない限り責任追及ができないというわけではありません。法令上の規制対象となっていることを前提としない場合であっても、対象地上の建物建築に際して予期しない処分費用などを負担しなければならなくなることなどを理由に「瑕疵」にあたると判断して、売主の瑕疵担保責任が認められることがあります。この点についての詳細は「建物建築に支障がない地中障害物について土地売主が責任を負うのか」も参考としてください。とはいえ、このようなケースでは「瑕疵」にあたるか否かの解釈を巡って紛争となりやすいため、買主としては、建物建築に際して予期しなかった処分費用(建築工事の際の土壌掘削で生じる通常土壌の処分費用の範囲を超える処分費用等)については売主に対して責任追及できることを示す契約条項等を設けることで紛争予防を図るべきと考えられます。

4.土壌中のアスベストに関して売買契約の錯誤無効が認められた裁判例

なお、土壌中から発見されたアスベスト含有物について、対象地の売買契約の錯誤無効を認めたケースもあります(東京地裁平成27年4月13日判決)。したがって、仮に売買契約に瑕疵担保責任制限特約があるなど、契約文言から一見すると売主に対する責任追及が難しそうに見える場合であっても、具体的な事案によってはそうとは限らないことは、十分認識しておく必要があります。